「里山マイスター」の人たち
5.それを支える地元の人々

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「能登里山マイスター」養成プログラムがある能登学舎(石川県珠洲市三崎町)を訪れて、「Racoon(ラクーン)」の仲間が驚いたのは、学食があることです。それも、学食の名前まであるのです。「へんざいもん」。この土地の方言だそうです。漢字を当てると「辺採物」。自宅周囲の畑でつくった野菜などを指します。自家で栽培した野菜を近所にお裾分けするときに、「これ、へんざいもんですけど食べてくださいね」と言葉を添えるそうです。考えようによっては、「へんざいもん」こそ生産者の顔が見える安心安全な食材、そして地産地消を表すのにぴったりの言葉ですね。「へんざいもん」を運営しているのは地元の主婦のみなさんです。そのリーダーの沢谷わたえさんを取材しました。今回は、里山マイスター養成プログラムを支援している地元の人たちを中心に紹介します。(金沢大学・米良亘平)

手の込んだ愛情料理は「親心」

きょうは調理室で、主婦のみなさんに教わりながらお手伝いをしました。
まず、この日(12月19日)の「へんざいもん」のメニューを紹介します。粕汁、サバのみりん漬けの焼き物、かぶら蒸し、白和え、ジャガイモのきんぴら、ゆず味噌、おから、カブの「やたら」とミョウガの酢漬け、ぜんまいの煮物、そしてご飯です。
なんと、9品のおかずが付くのです。これで700円の定食。
昨日からの雪で寒い日となっていましたが、具沢山の粕汁は身も心も温まります。

沢谷さんの話では、今年はユズが豊作だったそうです。ゆず味噌の作り方ですが、タネだけを取り、細かく刻み、砂糖、酒、味噌を入れて煮ます。瓶詰め保存で1年は持つとのこと。
冬が旬のカブラは「やたら」とかぶら蒸しにします。かぶら蒸しは、分かるのですが、「やたら」ってなんだと思いますか。地元では「やちゃら」とも言うそうです。
カブラを薄切りにして、塩を混ぜて軽く重石をして、2時間ほど下漬けします。カブラの水気を絞り、甘酢をかけて、最後に、刻んだコンブを混ぜ合わせます。普通の酢の物のように見えますが、きちんと下ごしらえをしないとできない料理だと思いました。

かぶら蒸しの中に入れるナメコは里山マイスターの受講生のみなさんが実習として植菌したもの。ナメコだけではなく、調理のお母さんたちが、青物が必要と思ったら校庭のマイスター畑へ行って食材を摘み取ってくることもあるそうです。
マイスター受講生は30代が中心で、沢谷さんたちにとっては息子や娘のように思えるそうです。この熱心さは、「親心なのかな」とも想像しました。

赤御膳に並ぶ料理にドキドキ

サバのみりん漬けがこんがりと焼き上がって、調理室に香ばしいにおいが漂い始めると、いよいよ給食の準備です。
「へんざいもん」の特徴は赤御膳、つまり食器とお膳がすべて朱色です。こんなご膳で料理が出てくると、ちょっとドキドキしませんか。ご膳は近くのお寺から譲り受けたものだそうです。
この日は35人が「へんざいもん」を利用しましたが、みなさん一斉に食べるので、人数分すべてご膳を用意しておかなければなりません。料理の盛り付けから配膳まで大忙しです。

郷土料理のレシピづくりから始まる

ところで、「へんざいもん」を始めるきっかけについて、沢谷さんに伺いました。
「能登里山マイスター」養成プログラムが始まる前年の06年10月、「能登半島 里山里海自然学校」がこの学校施設で立ち上がりました。そのとき、食育をテーマにしたプロジェクトもスタートして、里山里海自然学校の地元スタッフ、浜野葉子さんらが中心となり、地域資源の発掘の一環として、100種類の郷土料理を選び、レシピを作成するという作業が始まりました。

普段食べているものを文章化するというのは、相当高いモチベーションがなければ続かないことだと思いますが、スタッフの方々も「将来、地域の子供たちの食育の役に立てば」とレシピづくりに励んだそうです。これがベースとなって行政も動き、学校の調理室が改修され、当時NPOメンバーだった沢谷さんたちが運営に動いたということです。

技術を伝える厳しさ

技術補佐員として、支えている地元の方々もいます。出村瀧彦さん。地元で漁師のベテランであり、この日の午後に行われた「門松づくり」実習の講師は出村さんでした。地元に伝わる方法で正月の縁起物をつくります。
昭和39年(1964)に能登鉄道が完成するまでは流通網が整備されておらず、奥能登(輪島市、珠洲市、穴水町、能登町)の生活文化は本来、自給自足だったといいます。
縁起物などは農家や漁家がつくり、近くの店で販売もされていました。今回も、趣味ではなく、「売り物」になる製品なので、出村さんのチェックが入っていました。

受講生に聞きますと、出村さんの授業は厳しく、「ロープの結び方」などはなかなか合格点がもらえないそうです。「農林漁業の基本中の基本はロープの結び方から。いいかげんな結びでは人がケガをする」が口癖だそうです。地域に残る生活文化や農林漁業の技術を守り伝えるというのは深いなと思いました。