新しい世界にとびこんだ女社長さん
5年前に、この御祖酒造に来たという美穂さん。実は生まれも育ちも東京都世田谷。30年程前に御祖酒造の前の経営者が破綻し、美穂さんの父親が七尾市出身ということで、後を引き継ぎ、地元の人に愛されていた”ほまれ”を守って来ていました。
そして、時代は流れ、美穂さんが跡取りとなりました。
東京からは割とのりよくやって来たそうですが、来てからは”酒造りの事”、”酒蔵の経営の事”、そして”暮らしの事”等、様々な苦労に直面したそうです。丁度日本酒が低迷している最中、また今までほとんど地元だけで賄えていたお酒も、高齢化、人口減少、日本酒離れが進み、地元だけでは限界に達していたそうです。
そこで、3年程前から方向を少しシフト。まず、高価だけど質が高く、味のおいしい純米酒や吟蔵酒を東京や大阪などに販路を求めました。都会にある地酒専門店が後押ししてくれたようです。そして、今までの看板商品”ほまれ”に加えて”遊穂”を造り始めたそうです。
遊穂に込める想い
長年にわたって杜氏をされていた方が高齢ということで、丁度3年前に現在の杜氏に変わられたそうです。その杜氏さんと蔵人としても働く美穂社長が二人三脚で生み出したのが、”遊穂”。
この遊穂は、限られた酒屋さんでしか扱っていない、とっても手に入りにくいお酒でもあります。
「日本酒は難しいものと思われがちですが、もっと気軽な気持ちで飲んで欲しいです。日本酒を作る自分たちも遊び心を忘れないという想いを込めて、”遊”という字を使っています。」と、社長さん。”穂”は、美穂社長の穂であり、稲穂の穂でもありますね。
「実のことを言うと、なかなか名前が決まらなくて。そしたら蔵のある羽咋市って、UFOの町として有名じゃないですか。それで、UFOの当て字って言うのはどう?ということで、決まったんですよ。」と、遊穂の秘話を教えてくれました。
「気軽に日本酒を楽しんでほしい」
最近では自分の直感を信じて、シンプルに美味しいと思える酒造りに取り組んでいるそうです。そして、「日本酒をもっと気軽に、日常的に楽しんで欲しい」という美穂社長。
その為にラベルにもひと工夫。裏面の説明書きは自ら手書きしたものを印刷して、少しでも楽しさや気軽さをアピールしているそうです。また、”遊穂”のラベルはスタッフが一枚一枚丁寧に貼っていました。
※記事内容は取材時のものです。掲載情報変更の場合があります。
ご利用・お出かけの際は、お問い合わせ先などでご確認ください。