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のとだより
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学生プロジェクト

                 

中能登町における地域コミュニティバスの運行と地域住民の生活


1.中能登町のコミュニティバス


 石川県、金沢市から能登半島方面に向かって普通電車で1時間ちょっと。そこにあるのが『中能登町(なかのとまち)』です。中能登町は、能登からイメージされる海や有名な温泉もありません。だけど、そんな所だからこそ純粋な"能登らしさ"の自然やそこから育まれた人情が残っていると思います。今回は、中能登町で運行されているコミュニティバス調査から、私たち学生が感じた町の人たちの温かさや町内の魅力について紹介したいと思います。
■中能登町ってどんなところ??
のどかな中能登町の風景
のどかな中能登町の風景
 石川県中能登町は、2005 年3 月1日、鹿島郡内の鳥屋町、鹿島町、鹿西町の3 町が新設合併して誕生した新しい町です。1999年ころから起こった平成の大合併の流れは、ここ能登でも例外ではなく、19 あった市町村が、9市町になりました。七尾市(旧中島町、旧田鶴浜町、旧能登島町が七尾市に合併)、輪島市(旧門前町が輪島市に合併)の2市が合併し新たなスタートをきり、中能登町、宝達志水町(旧押水町、旧志雄町)、能登町(旧能都町、旧内浦町、旧柳田村)の3 つの町が誕生しました。
 ちょっと脱線しますが、石川県内ではこれまで全ての町で町を「まち」と読んでいました。お隣の福井県では全て「ちょう」って読んでいます。しかし、今回の市町村合併で「まち」という読み方が残るのは、ここ中能登町(なかのとまち)だけになってしまいました。ちょっと寂しい気がしますよね・・・
 
 そんな中能登町、人口は約19,000人、人口密度は210人/km2 ほどです。サッカーのグラウンドで考えると、あの広いグラウンドの中で僅か1人の計算になります。ちなみに新宿区では、サッカーグラウンドに約120人ですから、その違いは歴然ですよね。それから、65歳以上の高齢化率が27.3%(過疎地域基準が24%以上)と高いのですが、過疎地域指定になってないのです。それは、人口減少率が大きくないからだとか、中能登町の人は元気で長生きなのかもしれません。
 
 次に自然環境ですが、中能登町内には、日本の原風景とも言える田園地帯が広がり、それを取り巻く丘陵地の緑や潤いある河川など、身近に自然環境が多いすばらしい地域です。また、旧街道沿いや点在する神社・寺院の周囲に集落が集まり、それらを舞台とした祭りなどの伝統文化が色濃く残る町でもあります。
 特に鹿西地区で11月に行なわれる「ばっこ祭り」は、是非とも知っておいてもらいたい祭りですね。神社に神様を迎えに行く能登部神社に神様を還御する際に、話すことが禁じられています。響くのは笛の音と足音のみ。また、覗き見をすると祟りがあるとも言われていて・・・。これじゃまともに見ることも出来無さそうですが、そんな不思議な祭りも中能登町にはあります。かなり上級者向け?の祭りかもしれませんが。
 
中能登町の歴史も非常に興味深いものがあります。実は、町内の「杉谷チャノバタケ遺跡」から、なんと日本最古の"おにぎりの化石"が発見されているのです。弥生時代中期のものらしく、現在は金沢市内の県埋蔵文化財センターに保管されています(非公開)。この"おにぎりの化石"が地域活性化にも一役どころか何役も買ってくれています。おにぎりがきっかけで、古代米を使った地ビールや和菓子、日本酒、うどん等など幾つもの商品が誕生しています。口に入れれば、日本最古の母の味を楽しめるかもしれません。
 
 中能登町には、古くからの伝統産業もあります。それは「能登上布」です。「能登上布」は、麻独特の通気性の良さや軽さに加え、さらりとした肌触りがあり、細やかな絣(かすり)模様が特徴的な布です。今からおよそ2000年前に崇神天皇の皇女が現在の中能登町に滞在した際、この地に機織りを教えたことが始まりと伝えられています。実は、昭和初期に麻織物では全国一の生産高を誇ったんですよ。2008年3月26日には、中能登町織物デザインセンターが開設され、ここには繊維デザインが約7万点も展示されています。
 
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