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映画「能登の花ヨメ」

映画「能登の花ヨメ」
白羽(しらは)監督
    インタビュー


※内容、時間、料金など掲載情報は取材時のものです。
ご利用・お出かけの際は、お問い合わせ先などでご確認ください。

映画「能登の花ヨメ」の監督・白羽弥仁さんに、映画の話、能登の話など伺いました。
●白羽弥仁(しらはみつひと)監督プロフィール●
1964年兵庫県生まれ。日本映画監督協会会員。日本大学芸術学部演劇学科演出コース卒業。93年4月に上映された「She'sRain」(小松千春主演)で劇場映画の監督デビュー。97年夏、ニューヨークの語学学校に短期留学後、プロモーションビデオやTVCM、短編映画などを手がける。
■白羽監督からのメッセージ
「能登の花ヨメ」、能登の日々。

初めは、どうしようかと私の心のメーターの針は「不安」の方に大きく振れていた。
鉄道を失って、ぽつんと佇む旧輪島駅前のいくつかの旅館の侘しい様。進んでも進んでも誰にも会わない穴水の駅前商店街。ある会では、真夏だというのに無視しているのか気づかないのか、水の一杯ももらえずに「能登自慢」の話しを延々聞かされ続けた。
それから足かけ5年。奇跡のような軌跡を辿って完成した映画「能登の花ヨメ」が公開され、石川県で約3万人の方々にご覧頂くという大ヒット、3ヶ月に及ぶロングラン上映が終わった今でも、私は時間さえあれば能登へとやって来る。
輪島の朝市を歩けば「監督いつまでおるんけ?」とおばちゃんに声をかけられ、知った顔と出くわせば、何という事のない雑談に興じる。そして穴水で、宇出津で、七尾で夜毎能登の友達と遊ぶ。
大好きなお店、大好きな宿、大切な友達。今では心の平穏を保つ為にここへ逃げて来ているようなものだ。
時には能登の将来を憂う議論にもなる。このまま決して壊してはならないものと、変えなければならない事が背中合わせにもなっているのが能登だけれど、映画のヒロインみゆき(田中美里)が気づかされたように、自然と人の共存、隣人同士の協調は、現代に於いて何よりも大切でかけがえのないものであるということを私に教えてくれたのは能登の土地と人だった。
映画「能登の花ヨメ」はこれから全国公開という大きな海に漕ぎだして行きます。ご覧になった全国の方が、能登を心のふるさとと感じてやって来てくれたら…こんな素敵な事はないと、今は祈るような気持ちです。

                             白羽弥仁
■白羽監督インタビュー
先日、映画「能登の花ヨメ」全国公開を数週間後に控えた白羽監督の、お忍び能登時間にお邪魔して、インタビューをさせて頂きました。
監督は、時間を見つけては能登を訪ね、能登の友達と酒を飲みかわしています。
地能登の住民!?とささやかれるくらい。

今回は、監督が能登に通い始めた初期の頃に知り合いになった、輪島にUターンし、家業の農業をやっている川原さん、そして地震前日に門前にUターンし、「輪食」というサイトで輪島の食材をネット販売する安原さんとご一緒でした。
 
-監督は、安原さんや川原さんを始め、能登の方とどのように知り合いになったのですか?
mixiで能登の人を捜したんです。それでアポを取って実際に能登に来てお会いしましたよ。
川原くんは農業をしていて、能登の農家に純粋に興味を持ったんで。
映画の企画段階のシナリオハンティングで能登を飛び回っている時に何度も川原さんのところにもお邪魔し、話を聞いたんです。農業の事とか、祭りのこととか。その縁もあってロケ中にはご自慢の"お米"で作った美味しいおにぎりを差し入れしてくれて。出演者に大好評だったんですよ。泉ピン子さんもとても気に入っていて、今でも「あのおいしいお米を作っている子」とおっしゃってますよ。
安原君は、Uターンして輪島に帰って来たばっかりの時に会いましたが、映画の地元の青年Cの役をお願いしたんです。彼、初めてなのにNGも一度も出さずに頑張ってくれましたね。この二人が、映画期間中にいろいろと手伝ってくれたので、能登の花ヨメの出演者さんにとって"能登の若者のイメージ"は彼らなんですよ。
 
-監督は映画を作る前に何度も能登に足を運んで、いろんな方に話を聞いたと伺いましたが、そのロケハンティングでの話をお聞かせください。
穴水の幸寿しさんでは、ロングインタビューをして、冠婚葬祭についてや食文化についてお話しをうかがったんです。他にもいろいろなところ訪ね、話を聞きながら様々な映画のアイデアを作っていきました。
映画の話に出てくる"こけ漬け"も、実は初めて見たのが幸寿しさん(橋本さん)の自宅でした。最初はかなりグロテスクに見えて、映画の中ではあんな風に表現してみたんです。(みなさん、この辺りは映画で確認しましょう!)
 
-撮影中に予定外だった出来事はありましたか?
ロケの終盤、雨の日が数日続いたんです。
泉ピン子さんが晴れ女だったのでしょう。泉さんがいるあいだはずっとお天気だったのに、クランクアップし、帰った翌日から雨が降り始めたんです。
雨の中急遽ロケ場所も変更し、台本を一部変更して作ったシーンがあります。
 
-しんどかったところは?
祭りのシーンを撮る時、カメラは海側から撮っていたんです。その時の海風が冷たくて、寒くて....しんどかったですね。
 
-石川県で先行上映をされましたが、感想は?
どの地域もたくさんの方が足を運んでくれました。本当、ありがたいことです。
映画の中で、今年は祭りをやらないという集落の寄り合いでの決定に、主人公のみゆき(田中美里)が「キリコ祭りやりましょう!」と言うシーンがあるんです。このとき、能登の上映会ではどよめきがおこったんですよ。これは正直予期せぬ反応でしたね。やはり、集落でみんなでの決めた事は絶対であるという、能登の暗黙の了解を、見に来ていた皆さんも感じていたんでしょう。それを、東京から来た小娘が、意見を申し立てる。見ている能登の皆さんは気が気じゃなかったんでしょうね(笑)
ある方は、映画の感想で「能登のそのまんまやから恥ずかしいわ。言葉も汚いし。」と言っていたそうです。私が描いた能登が、能登の方に受け入れられたのかなと思いほっとしました。
 
-上映中の東京と能登での反応は違うと聞きましたが。例えば?
内海桂子さんの息子役の本田博太郎さんが「おふくろをおぶったことがなかった」というシーンに東京の人が涙することが多いようです。東京にいる方は、普段離れているせいで、故郷にいるおふくろさんへの想いが強いんでしょうね。
 
-映画作りを通じて能登の感想があればお願いします。
長い時間をかけてじっくりとおつき合いできたせいもあるけど、能登の皆さんの映画撮影に対する協力体勢は素晴らしかったです。心から感謝しています。
田中美里さんも松永京子さんも、いまだに「能登にまた行きたい!」と言ってますよ。
 
-能登に対してご提案があればどうぞ!
前々から考えていることなんですが、能登ではクレジットカードが使えるところって意外と少ないんですよ。私はもっと能登でクレジットカードが使えるようになったらなって思っているんです。しかも、現在は能登空港があり、ANAの便が就航しています。ANAのマイレージがたまるクレジットカードにしたら、買い物して、マイルためて東京へ!ということも出来ますし、逆に東京のお客さんが、能登に来て、マイルためて、また能登に来るということもあるんじゃないかって。是非、そうなって頂けると嬉しいですね。
■取材後記
白羽監督には、とっても気さくにインタビューにお答え頂きました。インタビューというよりは、飲み会?状態でしたが、和気あいあいと楽しいひとときでした。映画「能登の花ヨメ」を特集するにあたり、この映画に携わった様々な方とお会いしましたが、皆さん一様に監督のフットワークの良さ、能登への想いに共感され、また感心ていました。そんな監督だからこそ作れたのが今回の映画「能登の花ヨメ」ではないでしょうか。能登の人間として、是非この映画をより多くの方に見て頂けたらと心から思います。
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