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のとだより
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学生プロジェクト

能登島グリーンファームプロジェクト


 1.「能登島グリーンファームプロジェクト」スタート!

昨年度(2008年)、3年次生はゼミの研究課題として「農業」について共同研究を行った。当時、食の安全性、食の偽装問題や食の自給率の低下など、「食」が多くの人たちの関心を惹いた。私達学生もまたそのような時代の動向には無関心ではいられなかった。また、フードマイレージなど、「食と環境問題」もまた大きな問題と思われた。小坂ゼミ3年次全体で、「農業と食」をテーマに研究することとなったのは昨年5月であった。
2008年5月に研究を開始し、12月に至るまでの数ヶ月、我々学生は、農協、漁業組合、県庁、大学食堂など、県内の食の実態について調査を開始した。県内で消費する食料の県内産の農産物、魚介などの割合、輸入食品の場合、原産国を調査し、石川県の「地産地消」の実態を調査、最終的には、われわれにとっては最も身近な「食の現場」、すなわち大学食堂における食品の原産地の調査へといたる予定であった。

様々な団体を訪問し、調査を試みたが、われわれが思っているほどには、「地産池消」の実態を十分に解明できなかった。データの不足はわれわれを悩ませた。
しかし、大学食堂における豚肉にハンガリー産が使用されているとは想像もつかず、われわれの身近な食がいかに環境に負荷を与えているか、改めて痛感させられた。この研究結果は、翌年、2009年2月、学内ゼミナール大会で発表したが、これで終了したわけではなかった。実は、ここから第2弾がスタートを切ったのである。

すなわち、学生の中、数名が研究の過程で「耕作放棄」の問題に関心を持ったのである。「われわれも耕作し、耕作放棄地解消に協力できないか?」途方もない計画に思われたが、その事前の調査にうかがった七尾市役所で、それが現実のものへと、第一歩を踏み出すこととなるのである。
能登島の放棄畑の例。このような耕作放棄地をショベルカーで整地し、貸し出している。われわれの借りた17番、18番の土地もかってはこんな状態であったはずである。
能登島の放棄畑の例。このような耕作放棄地をショベルカーで整地し、貸し出している。われわれの借りた17番、18番の土地もかってはこんな状態であったはずである。
七尾市では今年度から、「耕作放棄地」解消のため、耕作放棄地をショベルカーなど使用し、耕作可能な状態に戻し、農家また一般の人達(七尾市民に限る)に貸し出している。担当者からそんな説明を受けたのが、今年4月のこと。
能登島を車で20~30分走ると、大友家持が「能登の島山今日見れば木立繁しも幾代神びそ」と歌ったように豊かな緑の美しさ、またその風光明媚な自然の風景が、国定公園であることを改めて感じさせる。しかし、能登島の無関などの中央に位置する地域には、まさに草茫々の放棄された畑が点在する。開発し、時代の変化により、見捨てられてきた畑が"野生化"したものである。観光地でもあり国定公園・能登島の「放棄畑」は物悲しい。
5月、七尾市の「入札」に応募し、土地を借りることにした。
7区画の畑に七尾市民の方々をはじめ13名が応募する、平均2倍の入札状況だ。運よく畑を借りることができるにせよ、今後の慣れない営農のことを考えると、落札できるにせよ、できないにせよ、どちらも"こわごわ"だった。
しかし"運よく"と言っておこう―17番、18番の畑、2区画、約2000m2の土地が、我々の耕作地となったのである。
 
われわれの借り受けた18番の土地である。ここは水利施設が無いと当初知らせられていたが、実際には存在していた。この土地(約200坪)だけでもわれわれには十分であったと思う。
われわれの借り受けた18番の土地である。ここは水利施設が無いと当初知らせられていたが、実際には存在していた。この土地(約200坪)だけでもわれわれには十分であったと思う。
  17番の土地である。約400坪である。18番の土地とは異なり、雑草が非常に多い土地であった。17番も18番も近くから見ると、よく耕されているように見えるが、実際には近くによって見ると土の塊、石が"ごろごろ"している土地であり、当初、悩まされた。
17番の土地である。約400坪である。18番の土地とは異なり、雑草が非常に多い土地であった。17番も18番も近くから見ると、よく耕されているように見えるが、実際には近くによって見ると土の塊、石が"ごろごろ"している土地であり、当初、悩まされた。
その後、ゼミとしての活動方法を明確にし、ゼミ生全員に理解してもらい、ゼミ生間の協力体制を確立するため、いくつの活動セクションを設け、学生にはそれぞれ希望の部門に登録してもらうこととなった。

「営業・販売部門」には22名、「広報部門」には5名、「経理・財務部門」には9名、そして最も重要な「営農・管理部門」には6名、「社会貢献部門」には16名の学生がそれぞれ登録した。こうした体制を組んだのは、責任制を明確にするためであり、その部門が全て実施にあたるわけではないこともゼミ生には了解してもらった。
例えば、「営農・管理」は6名しか登録がなかった。6名により耕作を行うことは不可能である。あくまでも、「営農・管理」は、その業務を責任を持って実施することが業務であり、実際の農作業には、全員が参加することを原則とした。

また、基本的な資産が皆無だったので、学生(有志)に対し、一人500円の出資を求め、当初約20,000円余りの基金から出発したのであるが、現地への交通費のみでも相当額となり、10月の収穫をあてに(担保に)担当教員に必要に応じ、出資をお願いすることとなった。苗の購入費、ショベルの購入、軍手、能登有料道路使用料、七尾市への賃借料の支払いなど、財政的には常に窮屈な状態であったわけである。
 
近くから見た畑である。このままでは作付けは不可能だった。
近くから見た畑である。このままでは作付けは不可能だった。
  水利施設である。但し、通常の家庭用のホースとは異なり、口径も太く、接続用の金具も高額であり、ホース一式、お隣の桃畑の道海さんからお借りすることとなった。有難いことだった。
水利施設である。但し、通常の家庭用のホースとは異なり、口径も太く、接続用の金具も高額であり、ホース一式、お隣の桃畑の道海さんからお借りすることとなった。有難いことだった。
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